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  「古今和歌集遠鏡」  横井千秋の序
 
この遠鏡は、おのれはやくよりこひ聞えしまゝに、師のものしてあたへたまへるなり。この集はしも、よゝの注釈あまたあれども、ちうさくはかぎりありて、いかにくはしくときさとしたるも、なほ物へだてたるこゝちのするを、まことに、書の名のたとひのごとく、ちとせをへだてゝ、遠きあなたの世の、こゝろふかき言の葉を、いまの世のうつゝの人のかたるを、むかひて聞たらむやうに、こゝろのおくのくまもあらはに、はたらく詞のいきほひをさへに、近くうつして、ちかくたしかに聞とらるゝ、この鏡のうつし詞は、おぼろげの人のなしうべきわざにはあらず。そのかみの世のこゝろことばを、おのがものと、手のうちに、にぎりえたる、わが師のしわざならではと、いとも/\たふとくめでたく、おもひあふがるゝにつきては、かゝるいみじきよのたからをしも、おのれひとりこゝろせばく、わたくしものに、ひめおきてやみなむことの、ねじけがましく、あたらしく、おぼゆるまゝに、さくらの花のえならぬ色を、ひろく人にも見せまほしく、松がえの千代とほく、世にもつたへまほしくて、こたみ名におふその植松の有信にあつらへつけて、桜の板にゑらしむるになむ。かくいふは木綿苑の千秋。
 
  >> 「植松の有信」は、「本居宣長全集 第三巻」 (1969 大久保正 筑摩書房) の解題によれば、
    宣長の尾張の門人で板木師であった植松有信(文化十年(1813)歿、六十歳)。
 
  上記の序は「歌謡俳書選集四 古今集遠鏡」 (1927 藤井乙男 文献書院)による  


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