Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十一

       題しらず 読人知らず  
500   
   夏なれば  宿にふすぶる  かやり火の  いつまで我が身  下もえをせむ
          
     
  • かやり火 ・・・ 煙で蚊を追い払うために燃やす火 (蚊遣火)
  • ふすぶる ・・・ くすぶっている (燻ぶ)
  • 下もえ ・・・ 燃え上がらずくすぶっている状態 (下燃え)
  
夏になって家で焚き、くすぶる蚊遣火のように、いつまで自分は外に思いを表さずに恋い続けるのだろう、という歌。 「火」が表にでないということを 「思」を明らかにしないということと掛けている。ただ、"いつまで我が身" と言っていることから、このままではいけない、という思いが感じられる。

  万葉集・巻十一2649に次のような 「蚊火」の歌があり、

  あしひきの  山田守る翁(をぢ)が  置く蚊火(かひ)  下焦れのみ  我が恋ひ居らく

万葉集・巻十九4218には、次のような大伴家持の歌もある。

  鮪(しび)突くと  海人のともせる  漁り火の  ほにか出ださむ  我が下思ひを

  この歌の 「下もえ」は、その 「下焦れ(したこがれ)」/「下思ひ(したもひ)」のようなものであろう。 「山田守りの老人の蚊火」/「漁をする海人の漁火」と、この歌の 「宿にふすぶる かやり火」を並べてみるのも面白い。また、この歌の "夏なれば" という出だしは少し説明的すぎるような感じだが、582番の読人知らずの歌に「秋なれば 山とよむまで 鳴く鹿に」というものがあり、並べてみるとよいペアに見える。

 
( 2001/11/27 )   
(改 2006/04/10 )   
 
前歌    戻る    次歌