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古今和歌集の部屋
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巻三
題しらず
伊勢
138
五月こば 鳴きもふりなむ 郭公 まだしきほどの 声を聞かばや
まだしきほど ・・・ まだその時期がきていない
五月になれば当たり前すぎて面白くもないので、聞こえたらめずらしい今こそ鳴いて欲しい
、という歌。 "五月こば 鳴きもふりなむ" とは飽きるのが早すぎるような気もするが、五月に入れば鳴り続ける目覚し時計のような感じで五月蝿く(うるさく)なるので、という気持ちが含まれているのだろう。 「時期のずれ」を着想としている点で、この歌は
136番
の紀利貞の「春におくれて ひとり咲くらむ」という歌に通じるものがある。
"まだしきほど" は 「まだしき+ほど」であり、「まだしき」は 「まだし」(=時期が早い、未熟な)の連体形。
232番
の紀貫之のオミナエシを詠った「なぞ色にいでて まだきうつろふ」などの歌に出てくる 「まだき」は「早くも」という意味で、形容詞と副詞の違いはあるが元の意味は同じとされている。
( 2001/12/05 )
(改 2003/10/27 )
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