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       志賀の山越えにてよめる 紀秋岑  
324   
   白雪の  ところもわかず  降りしけば  巌にも咲く  花とこそ見れ
          
     
  • ところもわかず ・・・ 場所を選ばず
  • 巌 ・・・ そびえ立つ大きな岩
  
白雪が場所を選ばず降りしくと、花とは縁のないような大きな岩にも、そこここに花が咲いているように見える、という歌。 "降りしけば" は、この場合、「降り敷く (=一面に雪が降る)」であり、次の万葉集巻八1639 の大伴旅人の歌と同じで、「一面に広がっているが、必ずしも一様に白いわけではない状態」を表しており、その白い部分を 「巌にも咲く花」と見ているのである。

    沫雪の  ほどろほどろに  降りしけば  奈良の都し  思ほゆるかも
              [ほどろほどろに=斑(まだら)に]

  この歌の場合 "ところもわかず" とあるので 「降りしく」は 「降り敷く」と考えられるが、次のように 「降り頻く (=絶え間なく降る)」と使われる場合もあり、紛らわしい。

 
363   
   白雪の    降りしく 時は  み吉野の  山下風に  花ぞ散りける
     
        また、詞書に 「志賀の山越え」とあることから 「春にあたりが花で覆われるような時でも花とは無縁なあの巌にも」というニュアンスが含まれているようである。そして、直前の次の貫之の歌と並べられると、冬ごもりする草木に対して、冬ごもりしない巌と言っているようにも見える。

 
323   
   雪降れば  冬ごもりせる    草も木も   春に知られぬ  花ぞ咲きける
     
        紀秋岑の歌としては、他に夏歌に次の一首が採られているが、二十一代集の中にそれ以外の秋岑の歌は見つからない。 「巌にも咲く花」と 「声ふりたてて鳴く郭公」、この二つだけが紀秋岑という墓標に残された言葉であり、古今和歌集という墓地を訪れる人の中でも、立ち止まってくれる人はあまりいない。  

 
158   
   夏山に  恋しき人や  入りにけむ  声ふりたてて    鳴く郭公  
     

( 2001/12/11 )   
(改 2003/12/01 )   
 
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