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       寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀秋岑  
158   
   夏山に  恋しき人や  入りにけむ  声ふりたてて  鳴く郭公
          
        「寛平の御時」とは宇多天皇の時代。「きさいの宮(=后の宮)」とは、宇多天皇の后ではなく、光孝天皇の后で宇多天皇の母である班子女王(桓武天皇の皇子である仲野親王の娘)のこと。その歌合の開催時期ははっきりしないが、菅原道真撰「新撰万葉集」(893年)にこの歌合の歌が含まれることから、887年(寛平元年)〜893年の間のことであるとされる。この歌合から古今和歌集の採られた歌は多く、五十六首に及ぶ。

  紀秋岑は生没年不詳。美濃守・紀善峯の子で、六位であったらしい。古今和歌集にはこの歌と324番の歌の二首が採られている。

  
夏の山に恋しい相手が入ってしまったのか、声を張り上げて鳴いているホトトギスよ、という歌。 
"声ふりたてて鳴く" という表現は 「音に鳴く(泣く)」を拡張したもの。 「山に入る」とは通常、仏教の修行のために山に入ることを指し、それは世俗との関係を断つことである。ホトトギスは山に棲み、夏になると里に出て、また山に帰るという通念から見ると、山に入った相手を悲しむということは理屈に合っていないようだが、あまり気にせずに、山の麓で鳴いているその声に感応した歌と考えてよいだろう。

  
「古今和歌集全評釈(上)」 (1998 片桐洋一  講談社 ISBN4-06-205979-7) では、この歌に「ほととぎすが山へ帰るのも仕方がないという気持ち」があると解釈しており、それも一つの見方かもしれない。あるいは、自分は山から里へ来たのに、恋しい相手は逆に山に入ってしまった、という行き違いの歌と見ても面白いかもしれない。里のホトトギスを詠った歌には、次の歌や 710番の「たが里に 夜がれをしてか 郭公」という恋歌がある。

 
147   
   郭公   なが鳴く里の  あまたあれば  なほうとまれぬ  思ふものから
     
        また、「夏山−ホトトギス」の組み合わせとしては、他に次のような歌があり、どこかこの秋岑の歌の源のような感じを受ける。

 
145   
   夏山に    鳴く郭公   心あらば  物思ふ我に  声な聞かせそ
     

( 2001/07/24 )   
(改 2003/12/01 )   
 
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