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       題しらず 清原深養父  
585   
   人を思ふ  心は雁に  あらねども  雲ゐにのみも  なき渡るかな
          
     
  • 雲ゐ ・・・ 雲の遠く
  
恋しい人を思う心は雁ではありませんが、ただ雲のかなたに遠く離れて、泣きつづけていることです、という歌。 「雁」に 「かりそめ」が掛けられているという説もあるが、それだと 「あらねども」を経由した後半との意味のつながりが悪くなる。

  また、「雲ゐ」という言葉は 「雲の遠く」ということで、恋しい相手と離れていることに重点を置いているように見えるが、ここでは 「身」ではなく 「心」を言っているので、どちらかというと 「雲」の方がメインであると思われる。つまり、 937番の小野貞樹の「晴れぬ雲ゐに わぶと答へよ」という歌にあるように、「遠く離れて雲の中にいるように気持ちが晴れない」ということを 「雲の中を飛ぶ雁」に譬えているのだろう。そう考えると、この深養父の歌は、少し前にある次の躬恒の 「秋霧」の歌とかなり近いものがあるように思われる。

 
580   
   秋霧の    晴るる時なき   心には  たちゐの 空も   思ほえなくに
     

( 2001/11/21 )   
(改 2003/12/28 )   
 
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