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       題しらず 読人知らず  
494   
   山高み  下ゆく水の  下にのみ  流れて恋ひむ  恋は死ぬとも
          
        山が高いので、その下を行く水のように、ただ密やかに恋慕い続けましょう、たとえ恋しさのあまり死んでしまうとしても、という歌。 "山高み" とは、恋の障害が大きいことを指しているのだと思われる。高い低いで言えばそれは身分の差か。 「山高み」という言葉を使った歌の一覧は 50番の歌のページを参照。

  また、「流れて」には 「泣かれて」が掛けられていると見るのが一般的である。 "恋は死ぬとも" 
は恋が死滅するということではなく、恋しくて死んでしまうとも、という意味。この表現は恋歌三にある次の友則の歌や 492番の歌で使われている。 「恋死ぬ」という歌の一覧は 492番の歌のページを参照。

 
661   
   紅の  色にはいでじ  隠れ沼の  下にかよひて    恋は死ぬとも  
     
        この友則の歌は、492番の歌の 「音にはたてじ」から 「色にはいでじ」とし、この 「山高み」の歌の 「下に流れる」から 「下に通う」と転用して、組み立て直したような感じである。また、この 「山高み」の歌は地下水のイメージであり、その意味で恋歌二にある友則の 607番の「ことにいでて 言はぬばかりぞ みなせ川」という歌にも通じるものがある。 「下に流れる」という歌の一覧は、その 607番の歌のページを、「行く水」を詠った歌の一覧は 522番の歌のページを参照。

 
( 2001/10/15 )   
(改 2004/03/10 )   
 
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