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あの人はいざ知らず、自分は根も葉もない噂に名前が出るのは嫌なので、以前のこととしても今のこととしても、あの人とは関係がないと言いましょう、という歌。 "知らずとを言はむ" の「を」は間投助詞と呼ばれるもので、「さあ」というようなニュアンスを表わして言葉に弾みをつけるもの。それが使われている歌の一覧は 224番の歌のページを参照。
後撰和歌集・巻十634ではこの歌が在原棟梁の娘(元方の妹)の 「おほつぶね」の歌として再録されており、それは次の貞元親王(清和天皇の第三皇子)の歌への返しとされている。
[詞書] おほつぶねに物のたうびつかはしけるを、さらに聞き入いれざりければ、つかはしける おほかたは なぞや我が名の 惜しからむ 昔のつまと 人に語らむ
つまり貞元親王が 「おほつぶね」という名に合わせて 「おほかたは」という詠い出しから、「だいたいのところ、(受け入れてもらえなくとも恋に破れたという)自分の不名誉など気にしない、あれは別れた女だ、と人に言ってやる」と言っているのに対し、「冗談じゃないわよ」という返しになっていて、 "昔も今も" の意味はよくわかるが、少し味気ない感じもする。
元方が妹の代作をしたと考えれば筋が通るが、この歌はまた「深養父集」に紛れ込んでいたりしていて、その源がどこにあるかはわからない。古今和歌集では贈答歌としては採らず、詞書を 「題しらず」として臭味を消しているようにも思える。
"人はいさ" ではじまる歌としては 42番の貫之の「人はいさ 心も知らず ふるさとは」という歌があり、「名を惜しむ」歌としては、次の藤原興風の誹諧歌の他、653番の小野春風の「花薄 穂にいでて恋ひば 名を惜しみ」という歌と672番の読人知らずの「池にすむ 名ををし鳥の 水を浅み」という歌がある。
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