Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十四

       親のまもりける人のむすめにいとしのびにあひてものらいひける間に、親のよぶといひければ、いそぎかへるとて、もをなむぬぎおきて入りにける、そののち、もを返すとてよめる 藤原興風  
745   
   あふまでの  形見とてこそ  とどめけめ  涙に浮ぶ  藻屑なりけり
          
        詞書の意味は、「親の監視が厳しい娘に密かに会っていろいろしている時に、親が娘を呼んだので、急いで戻るというので裳を脱ぎ置いたまま、奥へ入ってしまった。その後、裳を返す時に詠んだ」歌ということ。詞書の内容が状況と同じくドタバタしていてよく伝わらないが、興風はその裳(=女性が腰につけるひらひらしたもの)をそこに置いておけずに持ち帰ったのである。

  歌の内容は、
会うまでの形見として置いていったのだろうか、まるで涙に浮かぶ藻屑のようだ、ということ。 "とどめけめ" の 「けめ」はその前の 「こそ」からの係り結びで推量の助動詞「けむ」の已然形。 「けめ」というかたちで使われている歌はこれ一つだけである。詞書の 「そののち」という言葉からは、裳を留め置いたのは興風のようにも見えるが、「けむ」とあるので、相手の女性が置いていったこと、「形見として残したものか」と推測しているのであろう。

  その裳を見ているとあなたを思い出して涙が海のようになり...というところまではよいが、「裳」を 「藻」に掛けて 「藻屑」(=くずのような海草)というのは、まるであなたの裳はクズだから返す、と言っているようにも見える。この歌は誹諧歌ではなく恋歌に置かれているので解釈が微妙なところである。古今和歌集の配列では一つ前に次の読人知らずの歌があるので、それに合わせて恋歌四の 「形見」の歌群に押し込んだものか。

 
744   
   あふまでの    形見 も我は  何せむに  見ても心の  なぐさまなくに
     
        「形見」という言葉を使った歌の一覧は 743番の歌のページを参照。

 
( 2001/11/08 )   
(改 2004/02/25 )   
 
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