Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻十七

       題しらず 読人知らず  
894   
   おしてるや  難波の水に  焼く塩の  からくも我は  老いにけるかな
          
     
  • おしてるや ・・・ 難波の枕詞
  
難波の港(あるいは水)で焼く塩のように、つらいことに私はこんなに老いてしまった、という歌。
この歌には 「または、おほともの御津の浜辺に」という左注も付いている。万葉集では 「大伴の御津」という言葉が多く使われており、「大伴」は 「難波」と同じ一帯を指すと言われている。

  その左注で 「御津」とあるように、この歌の "難波の水に" は「水」ではなく 「御津(みつ)」であると見る説もある。 「御津」は港ということ。 649番の読人知らずの「難波なる みつとも言ふな あひきとも言はじ」という歌や、973番と 974番の読人知らずの贈答歌にも 「難波−みつ(三津)」の組み合わせが出てくる。

  「おし照る」というのは元々は 「あまねく照らす」という意味。また、「辛く」には 「必死で、やっとの思いで」という意味もあるが、ここでは塩が辛いということと 「つらい」ということを掛けていると思われる。 「ひどく」という意味と見る説もある。

  708番の「塩やく煙 風をいたみ」という歌は 「須磨」の歌だが、そこからのつながりで、「塩を焼く煙」と 「老い」ということからは浦島太郎の玉手箱が連想される。

 
( 2001/11/15 )   
(改 2004/01/30 )   
 
前歌    戻る    次歌