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詞書にある 「亭子院の歌合せ」は 913年三月に宇多法皇が亭子院で催したもの。この歌は 「新編 国歌大観 第五巻 」 (1987 角川書店 ISBN 4-04-020152-3 C3592) に収められている「亭子院歌合」によれば、次の歌を 「左」として 「持(=引き分け)」となっている。
花見つつ 惜しむかひなく 今日暮れて ほかの春とや 明日はなりなむ
このペアには「これもかれもをかしとて持になりぬ(=どちらも風情があるということで引き分けになった)」と判がついている。作者名はどちらも 「躬恒」となっているが、「左」の歌については信憑性が低い。その一方で、この 「亭子院歌合」には伊勢の作とされる前書きがあって、そこには躬恒は 「歌よみ」として左に入っている。作者としていくつか歌を用意し、その中から左右の 「方人(かたうど)」が歌を選んで合わせたものか。
歌の内容は、今日を限りと春を思わない時でさえも、立ち去り難い花の下だろうか、ということで、春の終わりである今日は特に名残惜しくつらいという意味。
「かは」は反語を表していおり、歌の結び方は 95番の素性法師の「暮れなばなげの 花のかげかは」と似ているが、歌全体の言葉がねじれていて、どちらかというと仮名序での大友黒主の評である 「薪負へる山びとの、花のかげに休めるがごとし」という文章を思い出させる。ただし、この歌は初句を「今日とのみ」と変えて藤原公任「和漢朗詠集」の 「三月尽」という題の元にも採られており、これを評して「たけたかくあはれ深かるべき歌」(宗祇「両度聞書」)という意見もある。
「だにも」という言葉を使った歌の一覧は 79番の歌のページを参照。
また、この歌は春歌下の最後にあって春を締め括る歌となっている。実際のところ春歌下の後半にはいくつも締め括りに適する歌があって、この躬恒の歌がベストかというと微妙である。例えば、 130番の元方の歌は柔らかな口調で余韻があり、春の終わりに置くのにふさわしいように思え、次の業平の歌は雨を含んで「穀雨」(こくう:二十四節気の春の終わり)をなぞり、藤を詠んでは夏歌のはじめにつなぐという役に適しているように思われる。
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