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       寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原敏行  
639   
   明けぬとて  かへる道には  こきたれて  雨も涙も  降りそほちつつ
          
     
  • 明けぬとて ・・・ 夜が明けたということで
  • こきたれて ・・・ ぽたぽたと落として (扱き垂る)
  • 降りそほち ・・・ しととと降る (降り濡つ)
  
夜が明けて帰る道では、ぽたぽたと、雨も降れば、涙も落ちる、という歌。

  現代の語感からすると "こきたれて" という言葉は何か滑稽な感じを受けるが、これは稲などの実ををしごき落とす 「扱く(こく)」からきていて、「扱き垂る」一語で、涙が次々と落ちる様子を指すものであると言われている。 「垂る」は水滴が垂れるイメージであろう。この歌では後ろに "降りそぼちつつ" があるので、この 「垂る」は首を垂れてしょんぼりしている様子にとりたい気もするが、そういう含みは 「扱き垂る」自体にはないようである。

  雑歌上に同じ 「こきたれて」が使われている次の坂上是則の歌があり、そちらは 「山田の稲」と合わせられているので、この敏行の歌より自然な感じがする。

 
932   
   かりてほす  山田の稲の  こきたれて   なきこそわたれ  秋の憂ければ
     
        「こきたれて」の 「こく (扱く)」という言葉を使った歌の一覧は 56番の歌のページを参照。

  また、この歌の一つ前には次の藤原国経の歌が置かれており、「明けぬとて」という言葉ではじまっている点が共通している。似たような詠い出しとしては、「老いぬとて」とはじまっている同じ敏行の903番の歌がある。

 
638   
   明けぬとて   いまはの心  つくからに  など言ひ知らぬ  思ひそふらむ
     

( 2001/10/15 )   
(改 2004/02/03 )   
 
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