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       神なびの山をすぎて竜田川をわたりける時に、もみぢの流れけるをよめる 清原深養父  
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   神なびの  山をすぎ行く  秋なれば  竜田川にぞ  ぬさはたむくる
          
     
  • ぬさ ・・・ 道中の安全を祈願する時に使う、布や紙などと小さく切ったもの (幣)
  • たむくる ・・・ 旅をする時に道中の安全を祈願する (手向くる)
  
「神なび」の山を過ぎて行く秋なので、竜田川に紅葉を幣と手向けているのだ、という歌。

  一般的に 「神なび山/神なびの山/神なびのみむろの山」と言えば 「神の鎮座する山」ということであり、特定の場所を指すものではないとされるが、この歌においては詞書で「竜田川」と関連づけられているので、その近くの山ということになる。当時の竜田川は現在の竜田川+大和川の一部を指していたようで、深養父がどの場所でどの方向に渡ったのかは不明。

  「紅葉を幣として手向ける」という一般的な発想をベースに置いている歌だが、この歌の特徴は「神なびの山」ではなくて竜田川に幣を手向けていると見ている点である。川に流れている紅葉を見てのことなので、そういう視点からは当然の発想なのだが、何か奇妙なずれが感じられて面白い。イメージとしては、サンタクロースがトナカイに乗って空を駆けて行く時、星を撒き散らしているような感じか。 「ぬさ」という言葉を使った歌の一覧は 298番の歌のページを参照。

  他に 「神なびのみむろの山」を詠ったものとしては、284番や 296番の歌があり、「神なび山」を詠ったものとしては、読人知らずの次の歌がある。

 
254   
   ちはやぶる  神なび山 の  もみぢ葉に  思ひはかけじ  うつろふものを
     
        「竜田川」の歌の一覧については 302番の歌のページを参照。

 
( 2001/08/29 )   
(改 2004/03/12 )   
 
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