題しらず | 紀友則 | |||
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106番の歌のページを参照。"なにぞは" という言葉は、382番の躬恒の歌でも「かへる山 なにぞはありて あるかひは」と使われていて、「何だ、どうした」という意味で 「なにぞ」は 「何ぞ」で 「なぞ」と同じ言葉である。 「なぞ」を使った歌の一覧は、232番の歌のページを参照。 「あだ」という言葉を使った歌の一覧は 62番の歌のページを参照。 517番の読人知らずの歌に「恋しきに 命をかふる ものならば」というものがあり、「恋しき」が 「逢ふ」に進んだと見ることもできる。同じ友則の歌としては、661番に「隠れ沼の 下にかよひて 恋は死ぬとも」という歌もある。その他の「恋死ぬ」歌については、492番の歌のページを参照。 また、"惜しからなくに" の 「なくに」は文末/区切りにあって否定の詠嘆を表している。 「惜しくはないのになあ」というニュアンスである。 「〜なくに」という言葉を使った歌の一覧は 19番の歌のページを参照。 この歌は恋歌二の最後に置かれている歌である。 |
( 2001/10/31 ) (改 2004/02/24 ) |
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