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       題しらず 伊勢  
810   
   人知れず  絶えなましかば  わびつつも  なき名ぞとだに  言はましものを
          
        誰にも知れず関係が切れてしまうなら、心の中ではつらくとも、せめて、あれは根拠のない噂だったと人に言えるのですけれど、という歌。

  "絶えなましかば" は 「絶え+な+ましか+ば」で、「絶ゆ」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「まし」の已然形+仮定の接続助詞「ば」である。この歌では二つの反実仮想の助動詞「まし」を使って、もし "絶えなましかば"(A)、 "言はましものを" (B)として、Aが実際にはありえない仮定なのでBも実現しない、という言い方をしている。

  「〜なまし」というかたちを持った歌の一覧は 63番の歌のページを、「〜ましものを」という言葉を使った歌の一覧は 125番の歌のページを参照。

  また、 "絶えなましかば" という口調は、次の清原深養父の歌の 「恋ひ死なまし」などを連想させるが、この歌の 「絶ゆ」は、後に "わびつつも" とあるので、「人知れず死んでしまえば」ということではなく、単に二人の関係が 「絶える」ことを指している。

 
613   
   今ははや  恋ひ死なましを   あひ見むと  たのめしことぞ  命なりける
     
        ただし、伊勢集のはじめの方にある歌物語風の記述の中で、藤原仲平と別れた伊勢が父の任地である大和にこもっている時に、仕えていた七条の后(=藤原温子:仲平の姉)から、仲平に仕えよと言っているわけではないのだから帰っておいで、という連絡があった、というくだりの部分で、

 
     
かかるほどに宮す所の御もとより、「やがてのぼりたまひね。宮仕へをせよとこそ思ひしか。君達(きむだち)をとやはいひし。」といふも、死ぬべくはづかし。


 
      とあるのを、この歌に重ね合わせて見ることは可能かもしれない。

  「わぶ」という言葉を使った歌の一覧は 937番の歌のページを、「なき名」を使った歌の一覧は 
629番の歌のページを、「と+だに」というかたちを使った歌の一覧は 131番の歌のページを参照。

 
( 2001/09/25 )   
(改 2004/02/26 )   
 
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