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       題しらず 読人知らず  
172   
   昨日こそ  早苗とりしか  いつの間に  稲葉そよぎて  秋風の吹く
          
     
  • 早苗とり ・・・ 稲の苗を田に移すこと
  
早苗とりをしたのはついこの間なのに、いつの間に稲の葉がそよぐ秋風の季節になったのか、という歌。 "昨日こそ" という表現の裏には 「今日」という対比を隠していて、今吹くこの風は秋風なのだという実感を支えている。

  「そよぐ」は揺れて音を立てることで、秋風を聴覚で表現すると共に、それほどまでに成長した稲ということが暗示されている 。「秋風が稲葉をそよがせる」ではなく 「稲葉がそよいで秋風が吹く」という言い方には 「稲葉」と 「秋風」の並列性が見えて面白い。いくつかの伝本では前の 「こそ」につられて 「秋風ふく」となっているようだが、稲葉と秋風のバランスの面からは、"秋風吹く" と 
「の」で流しておいた方が感じがよい。 「秋風」を詠った歌の一覧は 85番の歌のページを参照。

  時の経過の道具立てとして稲の成長を使っている歌としては次のような恋歌がある。

 
776   
   植ゑていにし    秋田刈るまで   見え来ねば  今朝初雁の  音にぞなきぬる
     
        また、「稲葉/そよぐ」に関連した歌としては次のような躬恒の歌もある。

 
584   
   ひとりして  物を思へば  秋の夜の  稲葉のそよと   言ふ人のなき
     
        ちなみに、"早苗とりしか" の 「しか」は過去の助動詞「き」の已然形であり、その前の「こそ」からの係り結びになっている。 「しか」は他に 1097番の 「かひうた」の「甲斐がねを さやにも見しか」のように願望の終助詞「しか」の場合や、 810番の歌の「絶えなましかば」のように、推量の助動詞「まし」の已然形である 「ましか」とまぎらわしい場合があるので、過去の助動詞「き」の已然形である 「しか」が使われている歌の例を一覧にしておく。

 
     
172番    昨日こそ  早苗とりしか いつの間に  読人知らず
577番    ねになきて  ひちにしかども 春雨に  大江千里
748番    花薄  我こそ下に 思ひしか  藤原仲平
768番    もろこしも  夢に見しかば 近かりき  兼芸法師
861番    つひにゆく  道とはかねて 聞きしか  在原業平
973番    我を君  難波の浦に ありしか  読人知らず
986番    人ふるす  里をいとひて こしかども  二条


 
( 2001/12/05 )   
(改 2004/03/11 )   
 
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