Top  > 古今和歌集の部屋  > 巻二

       題しらず 小野小町  
113   
   花の色は  うつりにけりな  いたづらに  わが身世にふる  ながめせしまに
          
        花の色はうつろってしまった、ただいたずらに、この身が世を過ごす長雨に物思いにふけっている間に、という歌。この歌が広く親しまれている理由は、百人一首にも採られている伝説の美女の歌という以外に、歌の持つ柔らかなイメージにあるように思われる。

  "ながめ" が 「眺め」と 「長雨(ながめ)」の掛詞であると言われなくとも、また 「"ながめせしま" 
ってどんな島?」と思ったとしても、漠然と意味が伝わる。また言葉の音としては、"うつりにけり" の「な」は女性的な響きを持ち、 "わがにふる" の 「み」と 「よ」はなだらかにつながり、
"ながめ" は軽やかなリズムを生み出している。

  それに加えて、この歌の重要性は歌の発生する場を追体験しやすい点にある。それぞれの言葉は浮かんだ時点では適度にばらばらで、近くの言葉とは結びついているが、歌になるまでにはならない。 「花の色」−「うつる」、「眺め」ー「長雨」−「降る」−「経る」がそのあたりである。それが 「世にふる」→「わが身世にふる」となるあたりから凝固しはじめ、「わが身」は 「花」と 「眺め」を引きつけ、「世にふる」が 「いたづらに」を引き出して、さらに 「うつる」に手を伸ばした時点で、歌となるべきすべての要素が揃う。後はそれらが前後しながら次第にそれぞれの位置を確立し、ニュルっと歌が生まれ出る。

 




        古今和歌集の仮名序の中では、次の二つの歌を指して "歌の父母のやう" としている。

    難波津に  咲くやこの花  冬こもり  今は春辺と  咲くやこの花
    安積山  かげさへ見ゆる  山の井の  浅くは人を  思ふものかは

  それに倣って古今和歌集の中に "歌の父母" をもとめるならば、この小野小町の歌は 「歌の母」と呼ばれるにふさわしい。一方 「歌の父」はと言えば、次の在原業平の歌としたい。どちらも歌の中に字余りを持っていることも特徴で、その余り具合が歌の 「詠み」の大切さを教えている。

 
410   
   唐衣  きつつなれにし   つましあれば   はるばるきぬる   旅をしぞ思ふ   
     
        "うつりにけりな" は 「うつり+に+けり+な」で、「うつる(移る)」の連用形+完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の回想を表す助動詞「けり」の終止形+詠嘆の終助詞「な」。 「うつる」はこの歌の場合、"花の色は" とあるので、「色が変わる・色褪せる」ということである。 「うつる」という言葉を使った歌の一覧は 104番の歌のページを参照。また同じ意味での 「うつろふ」という言葉を使った歌の一覧については 45番の歌のページを参照。

  「ながめ/ながむ」という言葉を使った歌には次のようなものがある。

 
     
113番    わが身世にふる  ながめせしまに  小野小町
236番    ひとりのみ  ながむるよりは 女郎花  壬生忠岑
428番    うぐひすも  ものはながめて 思ふべらなり  紀貫之
476番    あやなく今日や  ながめくらさむ  在原業平
616番    春のものとて  ながめくらしつ  在原業平
617番    つれづれの  ながめにまさる 涙川  藤原敏行
743番    物思ふごとに  ながめらるらむ  酒井人真
769番    ひとりのみ  ながめふるやの つまなれば  貞登


 
        "わが身世にふる" の 「ふる」を、上二段活用の 「古る」の終止形と見るか、下二段活用の「経(ふ)」の連体形と見るかは微妙なところである。

  「眺めせし間に−いたづらに−わが身世にふる」と見るならば終止形、「ながめ」に 「長雨」がありその関係で 「降る」の掛詞を強く見るならば、「ふる−ながめ」ということで連体形というところか。同じ小町の歌には 782番に「我が身時雨に ふりぬれば」というものがあり、そちらは 「降る−古る」の掛詞になっていて、その点からはこの歌も終止形とも考えられるが、
「例解 古語辞典 第三版」 
(1993 三省堂 ISBN4-385-13327-1)
の付録の百人一首の解説や、「古今和歌集の解釈と文法」  (1984 金田一京助・橘誠 明治書院)などを見ると、「経」の連体形と解釈されている。ちなみに 「古る」の連体形は 「ふるる」、「経」の終止形は 「ふ」。

  「経」を使った歌の一覧については 596番の歌のページを、「古る」を使った歌の一覧については 248番の歌のページを参照。

  また、この歌は藤原定家が八代集からそれぞれ十首づつ選んで編んだ 「八代集秀逸」の中で選ばれているものの一つである。その他の九首については 365番の歌のページを参照。

 
( 2001/11/20 )   
(改 2004/02/25 )   
 
前歌    戻る    次歌