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       題しらず 読人知らず  
 
   心ざし  深く染めてし  折りければ  消えあへぬ雪の  花と見ゆらむ
          
     
  • 心ざし ・・・ 心の思い
  この歌は、
気持ちを深く持っているので、消えきらない雪が花と見えるのであろうか、という意味で、 "深く染めてし" の 「し」は強調の副助詞である。

 "をりければ" は、昔から 「折る(四段活用)」か 「居り(ラ変)」かという問題があり、どちらも連用形は 「をり」なので文法的には区別がつかない。一般的には 「居り」と解釈されるが、ここでは 「折る」としてみた。この二つを検討してみると次のようになる。

(A) 折りければ、とする解釈

    直前の6番の素性法師の歌にも「春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に」とあり、この歌
  でも  の"消え  あへぬ雪" のある場所は 「枝」であることは、「折る」でも 「居り」でも同じだが、
  「枝」からは 「折る」の方が連想しやすく自然である。

    雪が花でないことは十分わかっているが、それでも春に梅や桜を手折るように、雪の残った枝を
  折ってみると、春を思う心からそれが花のように感じられる、という意味である。

(B) 居りければ、とする解釈

    言葉が近ければ正しいわけではなく、この歌ではたまたま 「枝」というビジョンがあるだけで、
  それを「折る」に結びつける必然性はない。古今和歌集には次のような 「居り」を使った歌がある。

 
153   
   五月雨に  物思ひ をれば   郭公  夜深く鳴きて  いづち行くらむ
     
216   
   秋萩に  うらびれ をれば   あしひきの  山下とよみ  鹿の鳴くらむ
     
1024   
   恋しきが  方も方こそ  ありと聞け  たてれ をれども   なき心地かな
     
          これらの「居り」は 「〜に」や複合語でその意味を強調されていはいるが、これらの歌を見れば、
  「をりければ」は 「居りければ」であった方が自然である。枝を折れば雪は落ちてしまうもので、
  それでは "消えあへぬ雪" という感じがしない。ここは 324番の「巌にも咲く  花とこそ見れ」と
  同じく、少し離れた場所から見ているのである。

  元々が不確定な歌なので、どちらの解釈をとってもかまわない気がする。

  また、この歌には「ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみのうたなり」という左注が付いている。 「さきのおほきおほいまうちぎみ」とは藤原良房のことである。この歌が本当に良房の作である可能性もないわけではないが、52番の良房の歌に「花を
見れ」と 「〜し〜ば」のかたちがあり、「物思ひもなし」が "心ざし 深く染めてし" と 「思ひ」でつながり、加えてこの歌にある 「染」という文字が、良房の邸宅である染殿(娘の明子は染殿の后と呼ばれた)を思わせることから発生した風説ではないかと思われる。

  そして古今和歌集の中でもう一つ「ある人のいはく、このうたはさきのおほいまうちぎみのなり」と左注のある 866番の歌に「かぎりなき 君がためにと 
折る花は」とあることは、この歌の 「をりければ」を 「折る」とすれば、三つの歌がトライアングルを形成しているようにも見えて面白い。

  また "消えあへぬ" の 「あへぬ」は 「あへ+ぬ」で、下二段活用の(補助)動詞「敢ふ(あふ)」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連体形。「あへず(終止形)/あへぬ(連体形)」として次のような歌で使われており、209番の歌にある 「もみぢあへなくに」の 「あへなく」も 「敢ふ(あふ)」からきている言葉である。 「敢ふ」の元々の意味は、「耐える・こらえる」ということで、「動詞+あへず」は 「〜しきれない」という意味で使われる。

 
        [あへ+ず]  
     
115番    道もさりあへず  花ぞ散りける  紀貫之
262番    秋にはあへず  うつろひにけり  紀貫之
286番    秋風に あへず散りぬる  もみぢ葉の  読人知らず
420番    このたびは  ぬさもとりあへず  菅原朝臣
446番    匂ひもあへず  花ぞ散りける  紀利貞
470番    昼は思ひに  あへずけぬべし  素性法師
557番    我はせきあへず  たぎつ瀬なれば  小野小町
670番    涙せきあへず  もらしつるかな  平貞文
896番    さかさまに 年もゆかなむ  とりもあへず  読人知らず
898番    とどめあへず  むべも年とは いはれけり  読人知らず
1002番    玉の緒の 短き心  思ひあへず  紀貫之
1005番    今朝よりは  雲りもあへず うちしぐれ  凡河内躬恒


 
        [あへ+ぬ]  
     
7番    消えあへぬ雪の  花と見ゆらむ  読人知らず
83番    人の心ぞ  風も吹きあへぬ  紀貫之
303番    流れもあへぬ  紅葉なりけり  春道列樹


 
        [あへなく]  
     
209番    色どる木ぎも  もみぢあへなく  読人知らず


 
( 2001/10/12 )   
(改 2004/01/12 )   
 
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