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       題しらず 読人知らず  
48   
   散りぬとも  香をだに残せ  梅の花  恋しき時の  思ひ出にせむ
          
        散ってしまったとしても、香りだけでも残せ、梅の花よ、そうすればそれを恋しい時の思い出にしよう、という歌。なかなか無理な話だが、香りは本体が見えない状態でも漂うため、ならば本体が消えた後でも残って欲しい、という発想はわからないでもない。 「形見」という言葉は使われていないが、743番の歌のページの一覧にあるような 「形見」を詠った歌が思い出される。

  また、34番の「待つ人の香に あやまたれけり」という読人知らずの歌などを見ると、「源氏物語」に出てくる 「梅花(ばいか)」にあたる薫物(たきもの)は古今和歌集の当時からあったように思える。実際の薫物は花の香りとは当然異なったものだろうが、歌の中では人の衣服に炊き込められた香りと花の香りは、お互いに連想されるものとして扱われる。この歌は純粋に梅の香を愛でたものであろうが、34番の歌と合わせてみると、そこまで名残を惜しむ理由は、そこから思い出される人のためとも考えられる。

  "思ひ出" は 148番の歌などにある 「思ひ出づ」からきている言葉で、「思ひ出で(おもひいで)」と書かれることもある。

 
346   
   我がよはひ  君が八千代に  とりそへて  とどめおきては  思ひ出にせよ  
     
        また、「だに」という副助詞は 「せめて・最低限」というニュアンスを表し、次のような歌で使われている。似たような言葉である 「さへ」を使った歌の一覧については 122番の歌のページを参照。

 
     
10番    うぐひすだに  鳴かずもあるかな  藤原言直
19番    松の雪だに  消えなくに  読人知らず
48番    香をだに残せ  梅の花  読人知らず
61番    春くははれる  年だに  伊勢
79番    散る間をだに  見るべきものを  紀貫之
86番    雪とのみ  降るだにあるを  凡河内躬恒
91番    香をだにぬすめ  春の山風  良岑宗貞
106番    我やは花に  手だにふれたる  読人知らず
131番    ふたたびとだに  来べき春かは  藤原興風
134番    春を思はぬ  時だに  凡河内躬恒
167番    塵をだに  すゑじとぞ思ふ  凡河内躬恒
242番    今よりは  植ゑてだに見じ 花薄  平貞文
335番    香をだに匂へ  人の知るべく  小野篁
387番    命だに  心にかなふ ものならば  白女
449番    うつつにだに  あかぬ心を  清原深養父
466番    流れいづる  方だに見えぬ 涙川  都良香
502番    あはれてふ  ことだになくは  読人知らず
523番    身の惑ふだに  知られざるらむ  読人知らず
664番    音羽の山の  音にだに  読人知らず
676番    知ると言へば  枕だにせで 寝しものを  伊勢
681番    夢にだに  見ゆとは見えじ  伊勢
717番    そをだにのちの  忘れ形見に  読人知らず
759番    淀のわかごも  かりにだに  読人知らず
767番    夢にだに  あふことかたく なりゆくは  読人知らず
810番    なき名ぞとだに  言はましものを  伊勢
811番    それをだに  思ふこととて 我が宿を  読人知らず
827番    流れてとだに  たのまれぬ身は  紀友則
831番    深草の山  煙だにたて  僧都勝延
839番    あるを見るだに  恋しきものを  壬生忠岑
847番    苔の袂よ  乾きだにせよ  僧正遍照
858番    声をだに  聞かで別るる たまよりも  読人知らず
914番    尋ねくればぞ  ありとだに聞く  藤原忠房
945番    白雲の  絶えずたなびく 峰にだに  惟喬親王
972番    かりにだにやは  君がこざらむ  読人知らず
1028番    神だにけたぬ  むなし煙を  紀乳母
1064番    身は捨てつ  心をだにも はふらさじ  藤原興風
1080番    しばし水かへ  かげをだに見む  読人知らず


 
( 2001/11/28 )   
(改 2004/03/10 )   
 
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